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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)650号 判決

控訴人 被告人 李乙文

弁護人 中条忠直

検察官 吉安茂雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中条忠直提出の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用する。

控訴趣意第一点法令違反の主張について

然し、所論の鉱業法一九四条は、いわゆる両罰規定に関するもので、同法一九一条ないし一九三条の違反行為をした行為者本人を罰するについては、刑法の原則に従い、直ちに右各条規の違反として処罰すべく、右一九四条の規定をまつて初めて処罰の根拠が与えられるものではない。所論は、同法一九二条一号、六三条四項違反の罪の行為主体は鉱業権者に限られるのであつて、日本国籍を有せず、従つて鉱業法の規定により鉱業権の主体たり得ない被告人が、右一九二条一号、六三条四項違反として処罰されるべきいわれはないという。然し、その議論は当らない。鉱業権者(本件では、当時被告人の内縁の妻であつて日本国籍を有する長坂芳子が鉱業権者である。)の代理人(被告人は鉱業法施行規則にいわゆる鉱業代理人として選任されていた。)、使用人その他の従業者が、鉱業権者の業務に関し、右六三条違反の行為、すなわち、鉱業権者が認可を得た施業案によらずして鉱業を行つた場合には、同法一九二条一号により処罰を受けるものと解すべきである。蓋し、もし所論のような解釈をとるとすれば、鉱業権者が自ら右六三条四項違反の行為をした場合でなければ、右一九二条により処罰をされることはなく(しかも、このような事態は一般に稀有のことに属するばかりでなく、鉱業権が法人に帰属する場合には、右一九二条の定める懲役刑は適用される余地がなくなるわけである。)一般に、鉱業の経営が従業者、使用人を用いる企業体により営まれている実情に照らし不当であり、しかも、鉱業法六三条四項が施業案によらない鉱業を禁止し、罰則を設けてその禁止を強行しようとしているのに、その禁止規定に違反して直接鉱業を行つた行為者本人については、その行為者が鉱業権者でない限り処罰できないということは、刑法の原則に照らし不当であるばかりでなく、(その場合、右の代理人、従業者、使用人を同法一九一条一項一号により処罰することは筋が通らない。施業案によらず鉱業した場合は、鉱業権のない者の掘採とは明らかに区別すべきものだからである。)又所論の如く解するときは、右一九四条の適用されるべき余地はなくなるからである。ところで、本件において、被告人が鉱業権者を長坂芳子とする富士洋行炭鉱の鉱業代理人として、右鉱業権者の業務に関し、情を知らない鉱夫長三和一郎等をして同法六三条四項に違反して該鉱業権者に認可された施業案によらず鉱業を行つたこと、すなわち、被告人本人がその違反行為を実行したことは、原判決引用の証拠と対照して読めば、原判決の確定した事実であることが明らかであるから、原判決が被告人を前記一九二条一号、六三条四項により処罰したことは相当であつて原判決の法令の適用について、所論の如き違法はない。論旨は理由がない。

同第二点事実誤認の主張について

然し、原判決引用の証拠、特に、立島哲男、橋本安雄、三和一郎の検察官に対する各供述調書並びに被告人の同上供述調書によれば被告人は昭和三三年五月中旬以降名古屋通商産業局及び同鉱山保安監督部の関係係官から再三施業案によらない採掘をしたかどで警告注意を受けており、施業案により認可された区域外に採掘するものであることを知りながら、情を知らない鉱夫長三和一郎等に命じて本件の違反採掘行為をさせた事実が認定できるのであつて、記録を精査してみても、この点に関する原判決の事実の認定に誤認のかどは認められない。所論は、原判決の採用しなかつた証拠に基いて原判決の事実認定を非難するものであつて、採用できない。

同第三点量刑不当の主張について

所論に鑑み本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみると、被告人は日本国籍を有しないため、内縁の妻の名義を使用して本件の鉱業権を取得し、実質上本件鉱山の経営の一切を掌握していたものであるが、既に見たとおり当局の再三の注意、警告を受けながら敢て本件の違反行為をしたものでその犯情悪質と認められるばかりでなく、その違反行為のため地表も陥没する等の鉱害も現に発生しているのであるから、たとえ鉱業権取消の行政処分により現在廃鉱している等所論の事情を参酌してみても、原判決の科刑が重きに過ぎ不当なものであるとは、とうてい認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用(国選弁護人支給分)は、同法一八一条一項但し書に従い被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決した。

(裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)

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